理論原価とは何か──バイヤーが見積価格の妥当性を見抜くための計算方法
「この見積もりは、本当に妥当なのだろうか」
「高いとは思う。でも、どこが高いのか説明できない」
「値下げをお願いしたいが、“もう少し安くしてください”としか言えない」
サプライヤーから提示された価格を見て、このように感じた経験はないでしょうか。
バイヤーにとって、見積価格の妥当性を判断することは、避けて通れない仕事です。
しかし、前回価格や他社価格と比べるだけでは、その価格が本当に高いのか、安いのかは分かりません。
そこで必要になるのが、理論原価という考え方です。
理論原価を知ることで、価格交渉は「いくら下げられますか」という駆け引きから、
なぜ、この価格になるのか
どの条件を変えれば、原価を下げられるのか
をサプライヤーと一緒に考える対話へ変わります。
理論原価とは
理論原価とは、材料単価、使用量、歩留まり、加工時間、設備費、ロット数などの前提条件を置き、その製品を合理的に製造した場合に、どの程度の原価になるかを積み上げて算出したものです。
簡単にいえば、製品を作るための「あるべき原価」です。
ただし、「理論原価」という言葉の定義や使い方は、企業によって異なります。
本記事では、製造業の購買担当者が、サプライヤーから提示された価格の妥当性を検討するために算出する「あるべき原価」を、理論原価と呼びます。
理論原価の基本的な考え方は、次のように表せます。
理論原価
=材料費+加工費+段取り費+製造間接費+その他必要な費用
ここで注意したいのは、利益は原価ではないということです。
理論原価に適正な利益を加えたものが、理論売価や適正売価になります。
理論原価は、一つの絶対的な正解ではない
理論原価という言葉から、計算すれば一つの正しい数字が出るように思えるかもしれません。
しかし、実際にはそうではありません。
たとえば、同じ部品でも次の条件によって原価は変わります。
- 材料をいくらで調達できるか
- 材料の歩留まりを何%とするか
- 1個を加工するのに何分かかるか
- どの設備を使用するか
- 何個ずつ生産するか
- 段取り時間を何個に配賦するか
- 検査や梱包をどこまで求めるか
- 特急対応や在庫保有が必要か
つまり、理論原価は絶対的な答えではありません。
一定の前提条件を置いた場合の、合理的な仮説です。
だからこそ、計算結果だけでなく、
どのような前提で算出したのか
を明確にすることが重要です。
理論原価と、ほかの原価との違い
原価には、似たような言葉がいくつもあります。
会社によって使い方は異なりますが、一般的には次のように整理できます。
実際原価
実際の生産活動で発生した原価です。
実際に購入した材料費、作業にかかった時間、発生した電力費などを集計します。
標準原価
原価管理の基準として、あらかじめ社内で設定する原価です。
実際原価と比較し、材料使用量や作業時間などの差異を分析するために使われます。
見積原価
受注や価格提示の前に、製品を作るために必要な費用を見積もったものです。
サプライヤーが見積価格を作る際の基礎になります。
目標原価
市場で販売できる価格から、必要な利益を差し引いて設定する原価です。
目標原価=想定売価-必要利益
という考え方です。
理論原価
製品の仕様や製造条件から、合理的に積み上げた「あるべき原価」です。
バイヤーが提示価格の妥当性を検討したり、改善余地を探したりするために使用します。
理論原価と目標原価は、同じものではありません。
市場から逆算した目標原価が7,000円であっても、現在の製造条件から積み上げた理論原価が8,000円になることはあります。
その場合に必要なのは、サプライヤーへ無理に1,000円の値下げを求めることではありません。
仕様、材料、工程、ロット、生産方法などを見直し、目標原価へ近づける方法を考えることです。
理論原価の基本構成
理論原価は、主に次の要素から構成されます。
1.材料費
材料費は、単純に完成品の重量へ材料単価を掛けるだけでは算出できません。
加工時に端材や切りくずが出るため、歩留まりを考慮する必要があります。
基本的な考え方は次のとおりです。
材料費
=製品に必要な材料量÷歩留まり×材料単価
たとえば、完成品に8kgの材料が必要で、歩留まりが80%、材料単価が1kg当たり300円の場合、必要な投入材料は10kgです。
8kg÷80%=10kg
10kg×300円=3,000円
したがって、理論上の材料費は3,000円となります。
材料費を見る際には、材料単価だけでなく、次の点も確認します。
- 材料のグレードは適切か
- 市場価格と購入単価に大きな差がないか
- 歩留まりは妥当か
- 端材を再利用・売却できるか
- 必要以上に大きな材料を使用していないか
2.加工費
加工費は、標準加工時間と時間当たりの加工チャージから算出します。
加工費
=標準加工時間×時間当たりチャージ
たとえば、加工時間が30分、時間当たりチャージが6,000円の場合は、次のようになります。
0.5時間×6,000円=3,000円
ただし、時間当たりチャージに何を含めるかは、企業によって異なります。
作業者の人件費だけの場合もあれば、設備の減価償却費、電力費、修繕費、工場経費などを含める場合もあります。
そのため、
チャージが高い、安い
だけで判断するのではなく、そのチャージに何が含まれているかを確認する必要があります。
また、加工時間についても、機械が動いている時間だけでなく、製品の着脱、測定、刃具交換などを含んでいるか確認します。
3.段取り費
少量生産で価格が高くなる大きな理由の一つが、段取り費です。
段取りには、材料や治具の準備、機械設定、プログラム変更、試し加工、初品確認などが含まれます。
1個当たりの段取り費は、次のように算出できます。
1個当たり段取り費
=段取り時間×時間当たりチャージ÷生産ロット数
段取り時間が1時間、チャージが6,000円の場合、20個生産するなら1個当たり300円です。
6,000円÷20個=300円
しかし、5個しか生産しなければ、1個当たり1,200円になります。
6,000円÷5個=1,200円
同じ部品でも、生産ロットによって価格が変わる理由がここにあります。
「もっと安くしてください」と言う前に、発注回数やロットを見直すだけで、原価を下げられることもあります。
4.製造間接費
製造間接費には、製品一つひとつへ直接ひもづけにくい費用が含まれます。
たとえば、次のようなものです。
- 品質保証や検査
- 工場管理
- 設備保全
- 消耗工具
- 電力や空調
- 梱包
- 構内運搬
間接費の配賦方法は企業によって異なります。
売上高に対する一定比率で配賦する会社もあれば、加工時間や設備時間に応じて配賦する会社もあります。
理論原価を算出する際には、間接費をゼロと考えるのではなく、合理的な範囲で織り込む必要があります。
理論原価の計算例
簡単な部品を例に、理論原価を計算してみます。
前提条件
- 材料費:3,000円
- 加工時間:30分
- 加工チャージ:1時間当たり6,000円
- 段取り時間:1時間
- 生産ロット:20個
- 検査、梱包、間接費:700円
加工費
0.5時間×6,000円=3,000円
1個当たり段取り費
1時間×6,000円÷20個=300円
理論原価
材料費3,000円
+加工費3,000円
+段取り費300円
+間接費700円
=7,000円
この部品の理論原価は、7,000円となります。
仮に、原価に対して20%の利益を加える場合、理論売価は8,400円です。
7,000円×1.2=8,400円
一方、売価に対する利益率を20%確保する場合は、8,750円になります。
7,000円÷80%=8,750円
「利益20%」といっても、原価に20%を加えるのか、売価の20%を利益とするのかで結果は変わります。
バイヤーが見積内容を確認する際にも、この違いには注意が必要です。
提示価格と理論原価に差があれば、高すぎるのか
理論売価が8,400円で、サプライヤーの提示価格が10,000円だったとします。
では、1,600円はサプライヤーの過剰な利益なのでしょうか。
必ずしもそうではありません。
価格差には、次のような理由が含まれている可能性があります。
- 実際の材料購入価格が想定より高い
- 小ロットのため材料を割高で購入している
- 歩留まりが理論どおりにならない
- 特殊な検査や品質保証が必要
- 専用設備や治具を使用している
- 生産量が少なく設備稼働率が低い
- 不良ややり直しのリスクが高い
- 材料や完成品の在庫を保有している
- 短納期や特急対応を求められている
- 将来の需要変動リスクを負っている
理論原価と提示価格の差は、すぐに値下げを求めるための数字ではありません。
差が生じている理由を確認するための出発点です。
理論原価を持つ三つのメリット
1.適正価格を判断する物差しを持てる
理論原価がなければ、前回価格や他社価格と比較するしかありません。
しかし、前回価格が適正だったとは限りません。
他社価格も、品質条件、数量、納期、設備、材料調達条件が違えば、単純には比較できません。
理論原価を持つことで、価格そのものではなく、価格を構成する要素を見られるようになります。
2.価格交渉に根拠を持てる
理論原価を理解していれば、
もう少し安くなりませんか
という要求から抜け出せます。
たとえば、次のような質問ができるようになります。
材料歩留まりは何%で計算していますか
加工時間には、どの作業まで含まれていますか
段取り費は何個に配賦していますか
この検査は全数必要でしょうか
発注ロットをまとめれば、価格は変わりますか
根拠のある質問は、サプライヤーを追い詰めるためのものではありません。
双方で価格の構造を理解し、改善できる部分を見つけるためのものです。
3.コストダウンの方向が見える
価格を下げる方法は、サプライヤーの利益を削ることだけではありません。
- 材料を変更する
- 形状を見直す
- 公差を緩和する
- 検査方法を変更する
- 発注ロットをまとめる
- 段取り回数を減らす
- 共通治具を使用する
- 加工工程を減らす
- 納期条件を見直す
理論原価を分解することで、どこに改善余地があるのかが見えてきます。
サプライヤーも、原価と利益の間で考えている
サプライヤーも、自社の実際原価や見積原価をもとに、
この価格で利益を確保できるか
どこまでなら値下げできるか
この仕事を受けるべきか
を考えています。
ただし、すべての会社が、工程ごとの原価を精密に把握できているとは限りません。
過去の見積価格を基準にしていたり、経験則でチャージを設定していたり、材料費や加工費の変化を十分に反映できていないケースもあります。
理論原価を使った対話は、バイヤーだけにメリットがあるものではありません。
サプライヤーにとっても、自社の原価構造や改善余地を見直すきっかけになります。
理論原価を、値下げの武器だけにしてはいけない
理論原価を算出すると、
こちらの計算では7,000円だから、7,000円で売ってください
と言いたくなるかもしれません。
しかし、その使い方では、サプライヤーとの関係は長く続きません。
理論原価は、サプライヤーの利益を奪うための数字ではありません。
また、バイヤー側が置いた前提が、必ず正しいとも限りません。
大切なのは、
当社は、このような前提で考えました
御社の見積もりとは、どこに違いがありますか
と、互いの前提を確認することです。
材料の買い方、設備の違い、作業者の熟練度、生産ロット、品質要求など、話して初めて見えてくる事情があります。
その対話から、
仕様を少し変えれば安くできる
発注方法を変えれば段取り費を下げられる
長期契約にすれば材料をまとめて購入できる
といった、本当のコストダウンが生まれます。
まとめ――理論原価は、価格の裏側を見るための道具
理論原価とは、材料費、加工費、段取り費、間接費などを、一定の前提条件に基づいて積み上げた「あるべき原価」です。
その目的は、サプライヤーの価格を一方的に否定することではありません。
- 提示価格が妥当かを考える
- 価格差が生じる理由を確認する
- コストダウンできる条件を探す
- サプライヤーと共通の言葉で話す
そのための道具です。
理論原価は、価格の妥当性を見極める「盾」であり、改善点へ具体的に切り込む「矛」でもあります。
しかし、本当に重要なのは、その盾と矛をサプライヤーへ向けることではありません。
数字の裏側にある材料、設備、工程、作業、品質、リスクを理解し、双方にとって持続可能な価格をつくることです。
「なぜ、この価格になるのか」
その問いに、感覚ではなく、根拠を持って向き合えるようになること。
それが、RE:GENの考えるバイヤーの成長であり、健全な調達の第一歩です。
そもそも、なぜ原価という「元」から利益を考えるのか。その背景にある「利は元にあり」という考え方については、こちらのコラムで解説しています。
👉こちらもぜひ「コストダウンは限界?ーその前に調達を見直すべき理由」
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