購買の「三権分立」とは?
「購買の三権分立とは、何を三つに分けることなのか」
この言葉を聞き、調べている方も多いのではないでしょうか。
一般に、購買における「三権分立」とは、特定の担当者に権限を集中させず、
複数の担当者や部門が相互に確認できるようにする仕組みを指します。
代表的なのが、次の三つです。
- 発注
- 検収
- 支払
発注した本人が、自分で「確かに納品された」と検収し、
そのまま支払いまで進められる状態では、
架空発注や水増し請求があっても発見しにくくなります。
そのため、発注者と検収者、支払担当者を分け、相互に確認できる体制をつくります。
発注者と検収者が同一の場合、検収による牽制効果が十分に働かないことも、
内部統制上の問題として指摘されています。
ただし、企業によって三つの分け方は異なります。
「仕様を決める部門」「調達先を選ぶ部門」「受け入れ・検収する部門」に分ける企業もあります。
どの業務を三つに分けるかよりも重要なのは、
買うものを決め、取引先を選び、納品を認める権限を、一人に集中させないことです。
ここまでが、一般的にいわれる「購買の三権分立」です。
しかし、サプライヤーが大手メーカーと取引するうえで知っておくべき「三権分立」は、これだけではありません。
大手メーカーの調達部門には、もう一つの三権分立があります。
それが、
「購買」「契約・管理」「企画・戦略」
という役割の分担です。
これは一般的に定められた用語ではありません。
企業によって組織名や担当範囲も異なります。
ここでは、私が大手メーカーの調達部門で経験してきた実務をもとに、
サプライヤー側から見た調達組織の構造を「もう一つの三権分立」として整理します。
バイヤー=すべてを決められる人、と思っていませんか?
「大手メーカーの購買担当者と関係をつくれれば、取引はうまくいく」
多くのサプライヤーが、そう考えます。
もちろん、日常的な窓口となる購買担当者との信頼関係は重要です。
しかし、大手メーカーでは、目の前の担当者が価格、契約、取引先審査、技術採用、将来の調達方針まで、すべてを一人で決められるわけではありません。
購買担当者から高い評価を得ても、契約条件や社内審査を通過できなければ、取引は始まりません。
優れた技術を持っていても、中長期の調達戦略を考える部門まで情報が届かなければ、
単発の見積もりで終わることもあります。
それぞれの役割を理解せず、
目の前の担当者に説明すれば、すべて社内に伝わる
と思い込んでしまうと、せっかくの技術や提案が埋もれてしまうのです。
なぜ大手メーカーは役割を分けるのか
中小企業では、見積もりの取得から価格交渉、発注、契約管理、サプライヤー評価までを、一人の担当者が担っていることがあります。
経験も知識も豊富で、社内外の事情を理解し、その場で判断できる。
サプライヤーから見れば、話が早く、頼りになる“スーパーマン”です。
しかし、企業規模が大きくなるほど、個人の能力だけに依存した運営は難しくなります。
一人に権限が集まりすぎれば、不正や癒着のリスクが高まります。
その担当者が異動・退職すれば、判断の経緯やサプライヤーとの関係が途切れるかもしれません。
また、大きな金額や重要部品を扱う以上、なぜその会社を選び、なぜその価格で購入したのかを、
組織として説明できなければなりません。
大手メーカーが役割を分けるのは、担当者を信用していないからではありません。
個人の力を、組織として継続できる判断に変えるためです。
大手メーカー調達部の「もう一つの三権分立」
企業によって名称や担当範囲は異なりますが、大手メーカーの調達機能は、おおむね次の三つの視点で捉えることができます。
① 購買機能――取引を動かす窓口
サプライヤーからの見積もり取得、価格交渉、発注、納期管理など、日常的な購買業務を担当します。
サプライヤーが最も頻繁に接する相手であり、実際の取引を前へ進める重要な存在です。
ただし、購買担当者がすべての決裁権を持っているとは限りません。
価格面では評価されていても、契約条件、品質保証体制、財務状況、法令対応などについて、別の部門や上位者の承認が必要になることがあります。
購買担当者との関係は入口です。
大切なのは、担当者個人に気に入られることではなく、その担当者が社内で説明しやすい情報を渡すことです。
② 契約・管理機能――会社をリスクから守る
契約条件、コンプライアンス、取引先審査、社内規程との整合性などを確認する機能です。
企業によっては、法務、品質保証、経理、調達管理など、複数の部門が分担している場合もあります。
ここで見られるのは、価格や技術力だけではありません。
- 契約内容に無理がないか
- 品質を継続して保証できるか
- 情報管理や法令対応に問題はないか
- 安定して供給を続けられるか
- 取引先として説明責任を果たせるか
どれほど魅力的な価格を提示しても、会社として安心して取引できないと判断されれば、採用には至りません。
サプライヤーに求められるのは「安くできます」という説明だけではなく、安心して任せられる根拠です。
③ 企画・戦略機能――将来の調達を考える
中長期の調達方針、サプライチェーンの再構築、新技術や新規サプライヤーの探索、調達リスクの分散などを考える機能です。
目の前の注文を処理するというより、
これから、どの地域から何を買うのか
どの技術を育てるのか
どのサプライヤーと長期的な関係を築くのか
を考えます。
新しい加工技術、代替材料、供給リスクを下げる提案などは、日常の価格交渉だけでは価値が十分に伝わらないことがあります。
企画・戦略の視点に合う形で情報が届けば、単発の見積もり依頼から、共同開発や長期的なパートナー関係へ発展する可能性も生まれます。
「三権分立」を知らないと、なぜ損をするのか
役割の違いを知らず、すべての情報を購買担当者一人に届けようとすると、提案と相手の関心がかみ合わなくなります。
購買担当者だけに注力してしまう
購買担当者との価格交渉は進んでいても、契約条件や取引先審査の準備ができておらず、社内承認の段階で止まってしまうことがあります。
担当者が前向きだっただけに、サプライヤー側には「急に話が変わった」と見えるかもしれません。
しかし、実際には別の役割を持つ部門の確認を通過できなかったのです。
技術提案が価格の話だけで終わる
新しい技術や工法を提案しても、日常業務を担当する購買担当者には、その技術が会社の将来にどう貢献するのかまで判断できない場合があります。
結果として、
それで、いくら安くなるのですか
という価格の話だけで終わってしまいます。
技術が悪いのではありません。
届ける相手と、伝え方が合っていないのです。
口頭の合意だけで進めてしまう
購買担当者との会話では合意できていたとしても、それが正式な契約条件として認められているとは限りません。
責任範囲、金型や図面の所有権、品質問題が起きた場合の費用負担、急な生産終了への対応など、後になって認識の違いが表面化することがあります。
「担当者が大丈夫と言った」だけでは、会社同士の約束になっていない可能性があるのです。
大手メーカーと賢く付き合うための三つの視点
1.相手の役割と権限を見極める
目の前の担当者が、何を判断でき、何を社内に持ち帰らなければならないのかを理解します。
「この提案を進めるには、ほかにどの部門の確認が必要ですか」
そう尋ねるだけでも、社内の意思決定構造が見えてきます。
2.一つの提案を、三つの言葉で説明する
同じ提案でも、相手によって評価するポイントは異なります。
購買機能には、価格、納期、供給能力。
契約・管理機能には、品質保証、法令対応、責任範囲、事業継続性。
企画・戦略機能には、将来性、技術的な優位性、供給リスクの低減、長期的な競争力。
一つの資料ですべてを詳しく説明する必要はありません。
それぞれの立場が社内で説明しやすい材料を、整理して渡すことが重要です。
3.担当者個人ではなく、組織に情報を残す
良い担当者と出会えば、その人との関係を大切にするのは当然です。
しかし、担当者はいずれ異動するかもしれません。
面談記録、提案書、試験結果、改善実績などを正式な形で残し、複数の関係者に共有される状態をつくる必要があります。
取引は人から始まります。
しかし、人だけに依存した取引は長く続きません。
RE:GENからの提言――よい提案を、正しく届く提案へ
技術力があっても、品質に自信があっても、価格競争力があっても、それだけで大手メーカーとの取引が決まるわけではありません。
大手メーカーの中では、複数の立場を持つ人たちが、それぞれ異なる基準で提案を見ています。
だからこそ必要なのは、単に「よい提案」をつくることではありません。
誰に、何を、どの順番で伝えるかまで設計された、正しく届く提案です。
RE:GENは、大手メーカーの調達部門で培った知見をもとに、サプライヤーの技術や強みを整理し、どの窓口に、どのような情報を届けるべきかを一緒に考えます。
購買担当者との交渉だけで終わらせず、契約・管理の安心と、企画・戦略の将来性まで伝わる形へ変えていきます。
まとめ――取引は「人」から始まり、「仕組み」で続いていく
一般的な購買の「三権分立」は、発注、検収、支払などの権限を分け、不正や誤りを防ぐための仕組みです。
一方、サプライヤーから大手メーカーを見ると、購買、契約・管理、企画・戦略という、もう一つの役割分担が見えてきます。
目の前の担当者だけを見ていては、相手の会社がどのように判断しているのかは分かりません。
取引は、人との出会いから始まります。
しかし、その信頼を組織の中に通し、持続的な取引へ変えるには、相手の仕組みを理解する必要があります。
大手メーカーとの取引で最大の武器になるのは、担当者との距離の近さだけではありません。
相手の組織を理解し、自社の価値を正しい場所へ届ける力です。
コメント