購買・調達の属人化はなぜ起きる?──システム導入の前に、判断を会社に残す

「この仕入先との価格交渉、前回はどういう話だった?」

「なぜ、この部品はこの会社から買っているの?」

「この値上げ、前任者はどこまで認めていた?」

担当者が代わった途端、こんなことが分からなくなる。

中小製造業の購買・調達では、決して珍しいことではありません。

見積書は残っている。

発注履歴もある。

仕入先の一覧もある。

それなのに、

なぜその判断をしたのか

が残っていない。

私は、これこそが購買・調達における「属人化」の怖さだと思っています。

属人化というと、

「Excelで管理しているから」

「システムが入っていないから」

と思われがちです。

もちろん、ツールの問題もあります。

しかし、30年以上調達の現場を見てきて感じるのは、もっと根の深い問題です。

購買・調達の属人化とは、

仕事が人についている状態というより、判断の理由が会社に残っていない状態

なのではないでしょうか。

購買・調達は、もともと属人化しやすい仕事

購買の仕事には、数字では残りにくい情報がたくさんあります。

たとえば、ある部品をA社から100円で購入しているとします。

システムを見れば、

品番。

単価。

数量。

発注日。

納期。

仕入先。

は分かります。

しかし、それだけでは分からないことがあります。

なぜA社なのか。

他社では作れないのか。

以前はいくらだったのか。

値上げを認めた理由は何だったのか。

どこまで価格交渉したのか。

品質面で過去に何があったのか。

A社が困ったとき、どこまで協力してくれたのか。

次回の値上げ時に確認すべき条件は何なのか。

こうした情報は、担当者の頭の中やメール、会話の記憶に残っていることが少なくありません。

そして、その担当者が異動したり退職したりすると、一気に見えなくなります。

「引き継ぎをしたから大丈夫」ではない

属人化対策として、引き継ぎ書を作る会社は多いでしょう。

もちろん、それは大切です。

しかし、

「A社に毎月発注する」

「月末に在庫を確認する」

「値上げ時は上司へ相談する」

という作業手順だけでは、本当の意味での引き継ぎにはなりません。

大切なのは、

なぜ、そうしているのか

です。

たとえば、

「A社は少し高いが、急な増産に対応できる」

「B社は安いが、過去に品質問題があった」

「この材料は市況連動なので、半年ごとに価格を確認する」

「この部品は一社購買だが、金型の所有権が自社にある」

こうした判断の背景まで残って、初めて次の担当者は正しく判断できます。

作業を引き継ぐだけでは、

仕事は引き継げても、判断は引き継げない

のです。

属人化している会社に起きること

購買・調達が属人化すると、担当者が不在になったときだけ困るわけではありません。

日常の仕事にも影響が出ます。

同じ仕入先から買い続ける

「昔からここだから」

という理由だけで取引が続きます。

価格が妥当なのか。

他に良い仕入先がないのか。

そもそも今の仕様が最適なのか。

誰も見直さなくなります。

値上げの判断基準が人によって違う

ある担当者は5%の値上げを認める。

別の担当者は同じ条件でも認めない。

会社としての考え方ではなく、

担当者個人の感覚

で判断するようになります。

交渉履歴が残らない

「前回、かなり下げてもらった」

と聞いても、

どこから。

何を根拠に。

どんな条件と引き換えに。

下げてもらったのかが分からない。

次の交渉では、また最初からです。

サプライヤーとの関係まで担当者についてしまう

担当者同士の信頼関係は大切です。

しかし、

「○○さんがいるから取引できている」

という状態まで進むと、担当者の異動と同時に関係も切れてしまいます。

本来、サプライヤーとの関係は、

個人と個人の関係でありながら、会社と会社の関係でもある

必要があります。

属人化は、優秀な担当者ほど起きることがある

少し皮肉な話ですが、属人化は仕事ができない人だけが起こすものではありません。

むしろ、

「この人に任せておけば大丈夫」

という優秀な担当者の周りで進むことがあります。

仕入先のことをよく知っている。

価格の経緯も覚えている。

社内の事情にも詳しい。

トラブルが起きても一人で処理できる。

会社としては、とても助かります。

だから、仕事がその人に集まっていく。

すると、

その人しか分からない。

その人しか判断できない。

その人に聞かないと仕事が進まない。

という状態になります。

これは担当者の問題というより、

会社がその人の能力に依存する仕組みを作ってしまった

ということです。

属人化は、新しい人を育てにくくする

そして、属人化にはもう一つ大きな問題があります。

新しい人を受け入れにくくなることです。

属人化が進んだ職場では、仕事を教えること自体が難しくなります。

手順は教えられても、判断の背景が共有されていないからです。

新しく入った人は、

「この場合はどうすればいいですか」

「これは前回どう判断したんですか」

と、何度も確認しなければ動けません。

すると、教える側はだんだん、

「自分でやった方が早い」

と感じるようになります。

そして仕事は、またベテランのところへ戻っていく。

新しい人には経験が積み上がらない。

判断する機会も与えられない。

会社はそれを見て、

「やっぱり新人には任せられない」

と考える。

しかし、本当にそうでしょうか。

新しい人が育たないのではありません。

育てにくい仕事の形になっているのです。

属人化が進む。

新しい人に任せられない。

ベテランが抱え込む。

さらにその人しか分からなくなる。

この負のスパイラルが続くと、担当者の負担は増え続け、後継者も育ちません。

そして、いざ退職や異動が起きたときに、

「代わりがいない」

という問題が表面化します。

属人化は、単なる業務効率の問題ではありません。

人材育成と組織の継続性まで壊していく問題なのです。

「前任者はやってくれた」が、新しい人をさらに苦しめる

担当変更のときによく聞く言葉があります。

「前任者は、ここまでやってくれたんですけど」

この言葉は、新しい担当者にとってかなり重いものです。

前任者が善意で、本来の役割以上のことまでやっていた。

しかし、それが長く続くと、

いつの間にか

「購買担当なら、そこまでやるのが当然」

という基準に変わります。

新任者は、仕事の背景も経緯も十分に分からないまま、前任者と同じ水準を求められる。

できなければ、

「前の人はできた」

と言われる。

すると、新しい人はますます判断を避け、先輩に確認するようになります。

そして先輩はまた、

「任せられない」

と感じる。

ここでも、属人化の負の循環が起きています。

前任者の頑張りが悪いのではありません。

問題は、

個人の頑張りを会社の標準にしてしまうこと

です。

属人化対策で最初にやるべきこと

では、すぐにシステムを導入すればよいのでしょうか。

私は、その前にやることがあると思っています。

まず、

購買・調達の仕事を分解すること

です。

👉そもそも購買機能をどう立ち上げるかは、中小製造業が購買部門を立ち上げるにはで解説しています。

たとえば、

発注。

納期管理。

価格交渉。

見積査定。

サプライヤー評価。

契約管理。

新規仕入先開拓。

在庫管理。

品質問題対応。

値上げ対応。

これらを一つずつ見て、

誰がやっているのか。

何を基準に判断しているのか。

どこに記録しているのか。

誰が承認するのか。

担当者が休んだら誰ができるのか。

そして、

新しい人でも、その判断の理由を理解できる状態になっているか。

ここまで確認します。

すると、

「実はこの仕事だけ、○○さんしか分からない」

という部分が見えてきます。

属人化対策は、

人を減らすことでも、全員が同じ仕事をできるようにすることでもありません。

どこが人に依存しているのかを見えるようにすること。

そこが出発点です。

残すべきなのは「結果」より「判断の理由」

価格履歴を残す。

見積書を保存する。

サプライヤー一覧を作る。

もちろん必要です。

しかし、それだけでは足りません。

私は、購買・調達では、

判断の理由を残すこと

が特に重要だと思います。

たとえば値上げなら、

旧価格。

新価格。

値上げ率。

だけではなく、

値上げ理由。

原材料の変動。

人件費の影響。

サプライヤーから提示された根拠。

こちらが確認した内容。

認めた条件。

次回確認する時期。

まで残す。

値上げそのものへの向き合い方は、値上げ交渉をどう受け止めるかでも解説しています。

そうすると次の担当者は、

「前回10%上がった」

だけではなく、

なぜ10%認めたのか

まで理解できます。

これは引き継ぎ資料であると同時に、

次の人を育てる教材

にもなります。

「なぜこの単価なのか」を突き詰めて考える方法については、理論原価という考え方で詳しく触れています。

標準化とは、すべてをマニュアルにすることではない

属人化の反対は「標準化」と言われます。

すると、

「全部マニュアルを作らなければ」

と思うかもしれません。

しかし、購買・調達にはマニュアルだけでは処理できない仕事もあります。

市況が変わる。

為替が動く。

サプライヤーの経営状態が変わる。

品質問題が起きる。

急な増産が入る。

毎回答えが違います。

だからこそ標準化するのは、

答えそのものではありません。

どう考えるか。

何を確認するか。

誰と相談するか。

どこまでなら担当者が判断できるか。

この判断のプロセスを揃えることです。

それがあれば、新しく入った人も少しずつ自分で判断できるようになります。

RE:GENの視点――属人化の問題は「人」ではなく「仕組み」にある

購買の仕事を長くしていると、

「あの人しかできない」

という仕事に何度も出会います。

しかし、本当にその人にしかできない仕事なのか。

それとも、

会社がその人にしか分からない状態を許してきただけなのか。

ここは分けて考える必要があります。

担当者には、それぞれ強みがあります。

価格交渉が得意な人。

原価を見るのが得意な人。

サプライヤーとの関係づくりが得意な人。

納期管理に強い人。

新しい仕入先を見つけるのが得意な人。

その違いまでなくす必要はありません。

むしろ、強みは残した方がいい。

ただし、

その人がいなくなると会社として判断できなくなる状態

は変えなければなりません。

そして、

新しい人が入ってきても、その強みを発揮する前に仕事から弾かれてしまう状態

も変えなければなりません。

人の強みを活かすことと、

人に依存することは、

似ているようでまったく違います。

担当者それぞれの強みをどう活かすかは、調達に向いている人とはでも考えています。

そして、もう一歩踏み込むと――

判断の理由が会社に残らない会社は、やがて、自社の原価がなぜその形になっているのかも説明できなくなります。

なぜこの単価なのか。なぜこの取引条件なのか。なぜこの仕入先なのか。

その一つひとつの「なぜ」が、自社の原価構造そのものです。

属人化とは、突き詰めれば、原価を決めている判断が会社の外――担当者一人の頭の中――に置かれたままになっている、ということでもあります。

利は、元にある

その「元」を見えるようにしておくことが、属人化対策の本当の目的だと、私は考えています。

まとめ――購買・調達の属人化とは、判断が会社に残っていないこと

購買・調達の属人化をなくすために必要なのは、

最新のシステムだけではありません。

まず、

仕事を分解する。

判断基準を明確にする。

価格や交渉の経緯を残す。

役割と権限を整理する。

誰かが休んでも仕事が止まらないようにする。

新しい人が、なぜその判断をするのかまで学べるようにする。

そして何より、

「なぜそう判断したのか」を会社の中に残す。

そこから始めることです。

購買には、人だからこそできる仕事があります。

相手の変化に気付くこと。

言葉の裏を読むこと。

交渉すること。

新しい可能性を探すこと。

だから、すべてを仕組みに置き換える必要はありません。

仕組みに残すべきものと、

人の強みとして残すものを分ける。

そして、新しく入った人がその強みを受け継ぎ、さらに自分なりの強みを加えられる状態をつくる。

それが、強い調達組織をつくる第一歩だと思います。


RE:GENでは、購買・調達業務の可視化、役割分担、業務標準化、人材育成などを通じて、中小製造業の「担当者に依存しない調達づくり」を支援しています。

調達を起点に会社を強くする考え方は、書籍『会社はもっと強くなる。』でも詳しくお伝えしています。あわせてご覧ください。

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